遺伝子から分かる私の祖先たち

自分の祖先がどこから来たのか、7~8年前にブライアン・サイクスの『イブの7人の娘たち』を読んで以来、自分の遺伝子で調べてどこまで分かるのか興味を持っていた。

それでこの3月にNational Geographic の Genographic Project に送っておいた私の遺伝子の解析結果が、先週届いた。

母系の祖先たち、つまり、母の母の母の母・・・と3,000世代ぐらい続いた母たちがどこにいたかとか、同じく父の父の父の父・・・と3,000世代ぐらい続いた父たちがどこにいたとかの情報だ。

どんな人々だったのかは、それぞれ女の子と男の子を残したこと以外はよく分からないのだが、その子孫たちが、どんなルートで日本までやってきたのかはだいたい分かるようだ。

母系の約3,000人の祖先たちは、アフリカの角からアラビア半島南部でアジアに渡り、さらに、現在のイランを経て、約4万年前に中央アジアに至り、そこから中央アジア・シベリアに入っていった。彼女たちは、最初にアフリカを出てユーラシアやオーストラリアに広がった集団の一部だと言う。

そして、17,000年前の東アジアでの人口爆発の時に、その一部が周辺や南へと移動した。この系統の一部が15,000年前にシベリアからベーリング海峡を渡っていて、解析された私のゲノム情報の2%は、アメリカ原住民の特徴を持っているそうだ。

日本には、おそらく北から入ってきた縄文系の人々なのだろう。母はD4g型(日本人の2%)に分類されている。D型は、日本人の38%を占め、長寿の人々に多いタイプだと言う。

 

父系の先祖たち約3,000人は、アフリカからユーラシアに広がった第二陣に属していた。彼らはアフリカから、中東、中央アジア、中国南部(雲南や湖南など)を経て、おそらく、山東から朝鮮半島経由で弥生系の人々として日本にやってきたらしい。

父(私も)は、O-F105型で、日本人の半数を占める多数派のO型に属している(O型と言っても血液型とは関係ない)。

母系は縄文人、父系は弥生人、そして、アメリカ原住民との共通性が少しあると言うことらしい。ただ、縄文・弥生と言っても、直近の100~200世代くらいの話だ。全体で見ると、母系祖先約3,000人の内、約1,000人は中東以西、約1,000人は中央アジア・シベリア、最後の約1,000人は東アジアに住んでいた。そして、この内の100~200人くらいが縄文系だったと言うことらしい。

このアメリカ原住民と同系統と言うのも北方系なので、私は、北方系73%、南方系27%と言うことになる。平均的日本人はそれぞれ75%、25%なので、これより少し南方系の血が濃いと言うことだ。先祖が定住していた四国が日本の西に位置し、朝鮮・中国に相対的に近いことから自然な結果だと思う。

アメリカ原住民との共通性が通常の日本人より強いことの意味はよく分からないが、ベーリング海峡を渡った集団と非常に近い集団が、瀬戸内海を渡って四国に定着したと言うことなのだろう。何か、先へ先へと急ぎ、行き止まりで定住した人々と言う感じがする。確かに、土佐ってそんな気風があるのかもしれない。

こうした情報の他に、われわれのゲノムには、ネアンデルタール人由来の遺伝子もある(2.5%)とされている。ネアンデルタール人は、絶滅したのではなく、現生人類に吸収されたのだろうと言うのが、National Geographicの考え方のようだ。確かに、われわれみなそれぞれ変なところがあるし。